筋トレなど身体を鍛えている男に漢気が感じられる3つの理由

40代になって周りの男たちを見ると顔にしわが増えていたりするのは年齢相応で構わないがどうしても気になる部分が表情や姿勢からにじみ出ているその人のその時の器量とか醸し出している人間的魅力。身体つきが痩せていようが太っていようが色白であろうが日焼けしていようがそんな単純なことではなく、男としての魅力がある。その違いは何かと最近になり気が付いたことがあるそのひとつが筋トレであった。

自信がつく

筋トレを常時しているひとは、鍛え上げられているのは身体だけではなく精神力もつく。それはそうだ自分の限界まで傷めつけて手にれる筋力。その間に自然と忍耐力がつき、またさまざまな困難を乗り越え得た達成感を知っているのでどんな壁が訪れようとも逃げ越しにならない。常に前向きということになる。

自然と体が動く

筋トレしているとどうしても常に身体を鍛えているので自然と体を動かすことに成れているのでいざというときに火事場のバカ力を発揮することができる!、いざというときとは人命救助や、腕力が必要なトラブル対処や威圧など。そんなときに躊躇することなくすぐさま行動に出られる。

生き生きしている

なんといっても常に身体を鍛えている男と言うのはいつもハキがある!疲れたような顔をして下向いているいるような人はあまりいない。

アジングジグヘッド

50年生きて最近分かってきた大人とは周りに「感謝」の気持ちが自然に出ること


50年生きてきた自分が最近めっきり感じることが多くなったことがある。それが周りへの「感謝」だ。ひとりではないこと。生かされているということをことごとく感じるようになってきた。それは年の功というものなのか、はたまた自分がやっとこの年で大人になっていってきたのかは定かではないが、周りへの感謝が自然に思えるようになった。昨年あたりから一気に身の回りが急変した。身内の死を経験し、今年の新型コロナの影響で職場の急変。すべての環境が変わったいま感じることはそれでも笑いながら幸せを感じて生きていけてること。それは単に自分自身の努力だけではない。周りに生かされている。そのことに気が付きはじめ、周りへの感謝が常態化!?できてくると小さな出来事でもものすごく幸せを感じられるようになってきたのである。それこそが大人の生き方ではなかろうか。常日頃から感謝といってもパッとしないというか何一つ感じることのなかったこれまでの気持ちとは全く異なることがいろいろ見えてきだしました。がむしゃらにもがき、見栄を張り合っていた20代、30代とも違う。大人になった気になっていた40代とも違う、やっと地に足を付けてどっしり構えて歩いていける大人になったきがしている今日この頃です。

はっきりしなくてもOK!大人と子供の境界線とは


大人という言葉がある通り、その逆には子供という言葉が存在しますが、その両者の言葉の意味をはっきりと熟知している「大人」はいったい何人いることでしょう。いろいろ調べている間にわかったことはこどもと大人にそもそも線引きなんて存在すらしていなくて、大人と世間一般から言われるようになった年齢の人たちが勝手に「○○だから大人」、「こうだから子供」というように決めつけて考えているだけのような気がしてなりません。持論を述べさせていただくとではどこからが大人だと胸張って言えるのかというと結局は”大人を意識しなくなったとき”ではないかと思います。中高学年の時代、「こうしたら大人っぽく見えるかな」など精いっぱい背伸びして大人ぶっていた記憶はありませんか?そんなことを思っている間はまだまだ子供だということ。それを無意識レベルで考えなくなったときこそが”大人になった”といえるときではないでしょうか。あくまでも言葉で説明するとという前提においてです。言葉にするのが難しいものほど論説しようとすればするほど遠ざかるものであり本当の意味での大人と子供の境界線は誰かの賞賛や評価からではなく自分自身の中にあるものかもしれません。それに気が付けることがまた成熟した思考を持っている大人と言えるかもせ入れません。

大人が子供になりきる!
大人男子のルアー釣り情報サイトIl Pescaria